名古屋高等裁判所 平成9年(行コ)3号 判決 1997年10月23日
愛知県安城市安城町宮地一三番地
控訴人(原審平成七年行ウ第三五号事件原告)
杉浦博幸
愛知県安城市安城町広美三五番地
控訴人(原審平成七年行ウ第三六号事件原告)
杉浦健璽
右二名訴訟代理人弁護士
桜川玄陽
愛知県刈谷市神明町三丁目五〇一番地
被控訴人(原審両事件被告)
刈谷税務署長 小泉治
右指定代理人
鈴木拓児
同
堀悟
同
戸苅敏
同
相良修
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成四年三月一〇日付けで控訴人杉浦博幸に対してした次の各処分を取り消す。
(一) 昭和六三年分所得税の更正のうち総所得金額七三三万三一五三円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
(二) 平成元年分所得税の更正のうち総所得金額一〇〇五万二九九九円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
(三) 平成二年分所得税の更正のうち総所得金額九三七万九八六七円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
3 被控訴人が平成四年三月一〇日付けで控訴人杉浦健璽に対してした次の各処分を取り消す。
(一) 昭和六三年分所得税の更正のうち総所得金額三七二万九〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(いずれも異議決定によって一部取り消された後のもの)
(二) 平成元年分所得税の更正のうち総所得金額五〇九万五二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(いずれも異議決定によって一部取り消された後のもの)
(三) 平成二年分所得税の更正のうち総所得金額五一〇万八五二〇円を超える部分
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
以下のように、当審における当事者双方の主張を付加するほた、原判決「事実及び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人らの主張)
一 下管池の土地(原判決別紙物件目録記載(一)の土地)、桜町の土地(同目録記載(二)の土地)、貸家等(同目録記載(三)の土地、建物)から生じた各資料の全部又は一部が控訴人博幸に帰属しないことについて
1 下管池の土地から生じた賃料について
不動産からの収益に関する納税義務を誰に負わせるべきかが問題となっている場合、資産又は事業から生ずる収益が誰に帰属すると認めるべきであるかは、その収益を享受していたのが誰であるかによって決すべきものである。所得税法一二条にいう「収益を享受する者」とは、収益によって何らかの利益を受けている者という意味ではなく、その収益を実質的、終局的に管理ないし処分している者をいうと解すべきである。
したがって、本件の場合、下管池の土地から生じた昭和六一年一月一日から平成二年一二月末日までの賃料を、賃借人から直接受領したか控訴人博幸から委託されたかにかかわらず、役員の報酬その他の経費に使用するなどして、これを実際に管理ないし処分していたのは、スギウラ興産であって、控訴人博幸ではなかったのであるから、同賃料はスギウラ興産に帰属すると認めるべきであって(法人税法一一条)、同賃料を控訴人博幸に帰属すると認めることは違法である。
2 桜町の土地から生じた賃料について
右1に述べたような所得税法一二条の解釈を前提にすれば、桜町の土地から生じた賃料についても、役員の報酬その他の経費に使用するなどして、これを実際に管理ないし処分していたのは、スギウラ興産であって控訴人ら及び昌子でなかったのであるから、同賃料はスギウラ興産に帰属していたというべきである。
3 同様に、貸家等から生じた賃料を、控訴人ら及び昌子一家の生活費及び家屋建築費その他の経費に使用するなどして、これを実際に管理ないし処分していたのは昌子のみであって、控訴人博幸及び同健璽ではなかったのであるから、同賃料はすべて昌子のみに帰属すると認めるべきである。
二 桜町の土地及び原判決別紙物件目録記載(三)(3)の建物から生じた賃料の一部が控訴人健璽に帰属しないことについて
1 原判決は、桜町の土地から生じた昭和六三年一月一日から平成元年一二月末日までの賃料のうち、その一部の賃料を控訴人健璽に帰属するものと認めた。
しかし、これらの賃料を、役員の報酬その他の経費に使用するなどして、これを実際に管理ないし処分していたのは、スギウラ興産であって控訴人ら及び昌子ではなかった。
2 また、原判決は、原判決別紙物件目録記載(三)(3)の建物から生じた昭和六三年一月一日から平成二年一二月末日までの賃料のうち、その三分の一の賃料が控訴人健璽に帰属すると認めた。
しかし、これを実際に管理ないし処分していたのは、昌子のみであって、控訴人らではなかったから、原判決の右認定は違法である。
三 スギウラ興産が控訴人ら及び昌子に対する役員報酬を支払ったとして課税することについて
1 本件において、仮に、下管池及び桜町の各土地から生じた賃料が控訴人ら及び昌子にそれぞれ帰属すると認めるべきであるとしても、右三名が賃料と同額の委任料をスギウラ興産に対し実際に支払った事実はないし、この事実を認めるべき証拠もない。
2 もっとも、右三名が賃料と同額の委任料をスギウラ興産に支払った事実を強いて認定すれば、同会社が右三名に一定額の役員報酬を支払うことは可能であったことになるが、この場合には、右三名は委託した賃料の返還を受けることができず、実際にも返還を受けていないから、右三名が実際に享受した経済的利益額は、スギウラ興産から支払を受けた各自の役員報酬額に相当する金額であると認めなければならない。
両土地から生じた賃料が右三名に帰属すると認めながら、スギウラ興産が右三名に支払った役員報酬を同人らの給与所得として計上し、これに課税することは、右三名が実際に享受した経済的利益額以上の経済的利益額を計上し、これに対して課税することにほかならないから、違法である。
3 また、昭和六三年一月一日から平成二年一二月三一日までの間に、スギウラ興産が右三名に原判決認定の額の役員報酬を支払った事実を認定することは、その期間の賃料全部が実質的、終局的にスギウラ興産に帰属すると認めることにほかならないから、他方で、同賃料が控訴人ら三名に帰属すると認めることは、両土地から生じた賃料を二重に計上することになる。この点からも、原判決の判断は違法である。
(当審における被控訴人の主張-控訴人らの主張に対する被控訴人の反論)
一 当審における控訴人の主張一、二について
1 本件賃料収入は、名義上も実質上もあくまで控訴人らに帰属しており、控訴人らが主張するところは、いったん控訴人らに帰属した所得の分配ないし消費の問題に過ぎない。所得税の課税に当たっては、そのような帰属した所得の配分ないし消費についてまでは考慮しない。
資産から生ずる収益を享受する者とは、その資産の真実の権利者のことをいうものであり、控訴人らの主張は誤りである。
2 所得税法一二条に規定する実質所得者課税の原則は、形式上と実質上とで所得の帰属先が異なるような特別の場合を想定して、形式だけの単なる名義人には課税せず、その実質に従って課税すべきであるとするものである。
しかし、本件においては、名義上の所得の帰属先と実質上の所得の帰属先のいずれもが所有権を有する控訴人らであり、スギウラ興産及び昌子は賃貸料の管理運用を任されているに過ぎないから、本件に右原則を適用する余地はない。
二 当審における控訴人の主張三について
原審において主張したとおりであり、控訴人らの主張は理由がない。
第三証拠関係
本件記録中の原審及び当審における証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
当裁判所も、係争年における下管池の土地の賃料収入は控訴人博幸に、桜町の土地の賃料収入は控訴人博幸、同健璽及び昌子に(各三分の一ずつ)、貸家等のうち原判決別紙物件目録記載(三)(1)の土地及び(2)の建物の賃料収入は控訴人博幸に、貸家等のうち原判決別紙物件目録記載(三)(3)の建物の賃料収入は控訴人博幸、同健璽及び昌子に(各三分の一ずつ)それぞれ帰属するものと認められ、これを前提に控訴人博幸及び同健璽について係争年の総所得金額を計上すると、その各金額は、各処分における総所得金額(異議決定によって一部取り消されたものについては、取消後の金額)を上回るから、結局これらの各処分は適法であり、原判決「事実及び理由」欄第一記載のとおりこれらの各処分の取消しを求める控訴人らの請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のように加除、訂正するほか、原判決の理由説示(原判決「事実及び理由」欄第四)と同一であるから、これを引用する。
一 原判決五四頁八行目の次に改行して次の説示を加え、同一一行目「(6)」を「(7)」に改める。
「(6) また、甲六の一ないし三と弁論の全趣旨によれば、昭和六三年五月一日から平成三年四月三〇日までの三事業年度におけるスギウラ興産の決算報告書には、売上高として「地代収入」が計上され、反面「委任料収入」は計上されていないことが認められるが、右(1)ないし(5)の説示に照らして考えると、この記載は、単に右売上に係る収入が下管池及び桜町の各土地に係る賃料(地代)に由来するものであることを示すにとどまり、スギウラ興産が右各土地の賃貸人として賃料を取得していたことを示すものではないと解するのが相当である。」
二 同六一頁二、三行目「いうべきである。」の次に改行して次の説示を加える。
「 なお、甲六の一ないし三のスギウラ興産の各決算報告書に「地代収入」の記載がある反面、「委任料収入」が記載されていない点は、前示のとおり、右の認定を左右するに足りない。」
三 同六五頁四行目の次に改行して次の説示を加える。
「(五) 控訴人博幸は、不動産からの収入に対する納税義務は「収益を享受する者」に課せられるべきところ、所得税法一二条にいう「収益を享受する者」とは、その収益を実質的、終局的に管理ないし処分している者をいうと解すべきであり、本件において右の各不動産の賃料収入を実際に管理ないし処分していたのはスギウラ興産又は昌子であって控訴人博幸ではないから、これらの賃料収入が同控訴人に帰属すると認めるのは違法であると主張する。
しかし、法律上課税物件が帰属する者にその経済的収益が帰属するのが当然の原則であり、法的安定性の観点からも、また納税行政の円滑な遂行の観点からも、そのように扱うのが妥当であるから、所得税法一二条の規定は、課税物件の法律上の帰属について、その形式と実質とが相違している場合には、実質に即して帰属を決定すべきであるとの趣旨を定めるものと解するのが相当である。本件においては、前示のとおり、下管池の土地、桜町の土地及び貸家等は、控訴人博幸の所有又は共有に属するものであるから、これらの不動産に係る賃料収入(共有の不動産については、共有持分に相当するもの)は形式上も実質上も控訴人博幸に帰属し、ただ同控訴人の意思によりこれらの賃料収入がスギウラ興産又は昌子によって管理運営され、費消されていたに過ぎないものと認めるのが相当である。よって、控訴人博幸の右主張は理由がない。」
四 同七六頁末行の次に改行して次の説示を加える。
「(四) 控訴人健璽は、控訴人博幸と同様に、右の各不動産の賃料収入を実際に管理ないし処分していたのはスギウラ興産又は昌子であって控訴人健璽ではないから、これらの賃料収入が同控訴人に帰属すると認めるのは違法であると主張する。
しかし、控訴人博幸について説示したと同様に、桜町の土地及び原判決別紙物件目録記載(三)(3)の建物は、控訴人健璽の共有に属するものであるから、これらの不動産に係る賃料収入のうち控訴人健璽の持分に壮途する部分は形式上も実質上も同控訴人に帰属し、ただ同控訴人の意思によりこれらの賃料収入がスギウラ興産又は昌子によって管理運営され、費消されていたに過ぎないものと認めるのが相当である。よって、控訴人健璽の右主張は理由がない。」
五 同八四頁七行目「しかも、それらは別個の所得であるから」を「それらは発生根拠を異にする別個の所得というべきであるから」に改め、同頁九行目「原告らは」から同八五頁初行「できない。」までを削る。
第五結論
以上の次第で、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 岩田好二 裁判官 山田貞夫)